テーマ:鈴木由里さんの手記「ともしび」

鈴木由里さんの手記「ともしび」 1977年放送分

小沢純さんという方から当ブログへいただいたコメントで、Youtubeへのリンクが紹介されています。 そのページでは、小島一慶さんのパックインミュージックで1972年から毎年放送されていた、鈴木由里さんの手記「ともしび」の1977年に放送されたものの録音が、聞くことができます。 小島一慶さんが担当したパックインミュージック(火曜パッ…
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手記「ともしび」(19) 8月 20日~

前へ 昭和47年8月20日 日曜日 曇 きょうも日の出が見られた。 一日をありがとう。        夏を閉じる日    鈴木由里   夏を閉じる日   散っていく花びらに 少しの言葉がほしい   空回りしている詩に 確かな鼓動がほしい   夏を閉じる日   ブランコの揺れる あの日…
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手記「ともしび」(18) 8月 12日~17日

前へ 昭和47年8月12日 土曜日 晴れ きょうも一日過ぎていく。 ぬるま湯につかったような生活。 ああ、本当に私は、 いつまで生きられるんだろうか。 つねよさんに手紙を書く。 ゆうこさんが長野に行くと言っていたから、 彼女に向こうから出してもらおうと思う。 それで私は旅に出たつもり。 ふ…
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手記「ともしび」(17) 8月 11日

前へ 昭和47年8月11日 金曜日 晴れ 風あり  一慶さんへ いつも楽しい放送ありがとうございます。 ご結婚なさったとのこと、おめでとうございます。 私、もう長くはない命なんです。 それなのに、今はとても冷静でこわいくらいです。 こうなって、17年の私の道を振り返ってみて、 本当に自分が何にもし…
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手記「ともしび」(16) 8月 10日

前へ 昭和47年8月10日 木曜日 晴れ、風強し  ゆうこさんへ ありがとう。 あなたにはそれしか言う言葉がありません。 私がここまで生きられたのも、 あなたのおかげですもの。 本当にありがとう。 一度私が本気で死んでやるって言ったときのこと、 あなたは覚えていますか? あなたは私に、 「そ…
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手記「ともしび」(15) 8月 7日

前へ 昭和47年8月7日 月曜日 雨のち晴れ ゆうこさん来院。 東京でアルバイトをやっているそう。 これからたびたび来るねの一言が、妙にうれしかった。 ひろしくんへ きのうはごめんなさい。私、何も知らなかったもんだから。 今まで、こんな私とおしゃべりしたり歌ったり、励まされたり、 本当にありが…
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手記「ともしび」(14) 8月 5日

前へ 昭和47年8月5日 土曜日 晴れ  妹へ まり。その後、いさむくんのことはどうなりましたか? 何の力にもなれないお姉ちゃんが、とてもいやです。 ごめんね。 でもね、まり。おねえちゃんからの最後のアドバイス。 自分の心に素直になりなさいね。 絶対、自分の心に、うそをついちゃだめ。 そして、こ…
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手記「ともしび」(13) 8月 4日

前へ 昭和47年8月4日 金曜日 晴れ  お母さんへ お母さん、わがままばかり言ってた由里を、許してください。 そして今、お母さんの願いをよそに、永遠の眠りにつこうとしています。 私が今一番心残りなのは、親孝行ができなかったということです。 お母さんが家に来たのが、私が3年生のとき。 子供だった私は…
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手記「ともしび」(12) 8月 3日

前へ 昭和47年8月3日 木曜日 晴れ ひろしくん来院。 気を使ってくれている彼。 そんな姿を見ていると涙がこぼれそうになる。 私は死ぬってこと知らないふりしなくちゃいけないと思う。 それが私にできる、 彼への、そして父母たちへの最大の、 そして最後のいたわりなんだ。  お父さんへ 小…
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手記「ともしび」(11) 7月 28日~8月 1日

前へ 昭和47年7月28日 金曜日 晴れ 25日午前1時ごろ、意識不明。 ときどき意識が戻ると、お母さんとお父さんと、まりとしげると、 そのほかたくさんの人たちの顔が見えた。 目を覚ましたのが26日の夜だった。 みんなが、先生が、もうだいじょうぶだよと言った。 それから今もベッドの中。 どうし…
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手記「ともしび」(10) 7月 5日~20日

前へ 昭和47年7月5日 水曜日 曇 起床6時20分 就寝10時 体温37.2度 体調普通 院長先生の診察を受ける。 これはいかんと言われた。 先生のことばを、何の感情もなく聞いた。 部屋に帰ってベッドに入ったまま過ごす。 一人部屋だと、考えないでいいことまで考えてしまってやり切れない。 そんな気持ち…
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手記「ともしび」(9) 6月 22日~7月 4日

前へ 昭和47年6月22日 木曜日 起床6時20分 就寝9時20分 体温36.5度 体調普通 7月から東京の病院に移ると、きょう先生から言われた。 東京の病院の方が先生としても都合がいいからと言われた。 私にはそれしか言わなかったけど、お母さんたちは移ること知っている。 別に気にしない。 今は先生に従ってい…
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手記「ともしび」(8) 5月 18日~6月 16日

前へ 昭和47年5月18日 木曜日 晴れ あと十日足らずで手術。 この足もなくなってしまうのかと、ちょっとセンチになる。 由里らしくないぞ、こんなことでどうするんだ、という心と、 かなりしんみりした心の二つがある。 私もやっぱり弱い女。 もっと強くなりたい。 もう17歳なんだから。 昭和47…
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手記「ともしび」(7) 5月 1日~7日

前へ 昭和47年5月1日 月曜日 雨のち晴れ 起床6時15分 就寝8時 体温37.1度 体調普通 きょうから手術前の精密検査が始まる。 退屈な一人の私にとって、この検査は一日中忙しく張り合いがある。 きょうは足のレントゲン7枚撮る。 あしたは内分泌の検査なので、食事はとれない。 色気より食い気の私にとっ…
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手記「ともしび」(6) 4月 27日~30日

前へ 昭和47年4月27日 木曜日 晴れ 起床6時半 就寝7時50分 体温36.4度 体調良好 ゆうこさん来院。つねよさんの手紙受け取る。 足のオペ、5月27日土曜日にやろうと先生から言われた。 私の足、どこまで切れば治るのよ。 もう切りたくない、死んでもいい。 ゆうこさんに怒られた。 「あなた一…
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手記「ともしび」(5) 4月 1日~14日

前へ 昭和47年4月1日 土曜日 晴れ 起床6時10分 就寝9時15分 体温36.2度 体調良好 父、母、弟、妹が来院。 いつになく明るいひとときが過ごせた。 私一人が病気のために、家中を暗くしているようですまない気がした。 健康が欲しい。 MSさんから病院に直接手紙が来た。 なぜわかったんだろう…
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手記「ともしび」(4) 3月 8日~31日

前へ 昭和47年3月8日 水曜日 曇 起床6時15分 就寝9時40分 体温36.7度 体調良好 突然、ひろしくんとお兄さんのまさひこさんの来院。 うれしかった。 優しすぎる彼がこわい。 「急に会いたくなってね」と快活に笑う彼を見て、胸が熱くなった。 あの雨が降らなければ、学校をもう一歩早く出ていたら、 …
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手記「ともしび」(3) 3月 1日~7日

前へ 昭和47年3月1日 水曜日 晴れ 起床6時10分 就寝9時 体温37.5度 体調頭痛 ちょっと熱がある。 そのためか頭が重たい。 ゆうこさんはきょうから期末テストだそう。 私も学校に行きたい。 田中さん、のんこ、みみ、どうしてるかな。 学校に通ってるとき、あれだけいやだった試験が妙になつかしい。…
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手記「ともしび」(2) 2月

前へ   と も し び      昭和47年2月より  鈴木由里 昭和47年2月25日 金曜日 曇 起床6時20分 就寝8時30分 体温36.8度 体調普通 きょうからこの「ともしび」のノートに、何でも思ったことを記すことにする。 いつの日か退院して笑いながら、この「ともしび」を読み返すことができたら…
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パックインミュージックで放送された「ともしび」

昭和47年8月29日、骨肉種でこの世を去った、当時17歳の鈴木由里(すずきゆり)さんが、その半年前から「ともしび」と名付けて書き始め、度重なる手術、苦痛と、死への恐怖におびえながらも、友人たちや周りの人たちの温かい励ましに、最後まで「がんばらなくちゃ」と病に立ち向かっていった、いのちの手記です。 ここに掲載するものは、昭和51年8…
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