富山の家庭配置薬

我が家にある家庭配置薬の箱である。

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左の黒くなった木箱はおそらく明治か大正時代のものだろうと思われる。 右の色鮮やかな樹脂製の薬箱はごく最近のものである。 と言っても、十数年前だろう。

自分の子供のころに使用されていたのは、ふたをかぶせる木箱のタイプではなく、樹脂製のように引き出しタイプだった。 ただし箱の材質は厚紙で、全面真っ赤に塗られていた。 これがプラスチック製に代わった時に厚紙の箱は捨てられたか回収されたのだろうか、手元にないのが残念だ。

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桐の木箱のふたには縦書きで右から、「富山縣大門町中野」、中央は「御製薬入」、左に「行商人澤田薬房」とすべて墨で書かれている。 そして箱の横には「行商人澤田常太郎」と書かれており、樹脂製引き出しに書かれている責任者名「沢田農義」は常太郎氏の孫ぐらいだろうか。 商標が、丸に一と書いて丸一と呼ぶ。 記憶にあるあの赤い箱にも書いてあった。 しかし木の箱の時代にはまだこの商標はできていなかったのだろう。

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そうだ、思い出した。 バイクに乗って、後ろの荷台には雨除けのカッパをかけた、何段にも積み重なった行李(こうり)に薬を詰めておじさんがやってきた。 今はない広間の縁側に座って、今はいないバアチャンと世間話をしていた。 そして折りたたんだ紙風船をもらった記憶がある。

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樹脂製の箱には「富山県射水郡大島町中野438」とあり、木箱の住所と見比べると昔からずっと一つ所で事業を受け継いできたのだろうと思われる。 しかし、つい最近、廃業するとのことで配置薬の回収・清算に来た。

我が家が何代にもわたって世話になった家庭薬の行商の廃業に、自分が立ち会うことになるとは思わなかった。 たしかに、ドラッグストアが林立してさまざまな医薬品を選ぶことができる時代、配置薬の世話になることがほとんどなくなり、その存在さえ忘れかけていたのが正直なところであるが、こうやって配置薬が消えていくのを目の当たりにすると、家の中から何かが消えていくような寂しさを禁じ得ない。

「長い間ありがとうございました」 「いえ、こちらこそお世話になりました・・・」



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もう一つの昔からの配置薬行商の「三階松」。 こちらは事業を引き継いだとのことで共栄薬品の人が来た。 共栄薬品は検索してみると何社かあるみたいだが、ウチに来たのは本店が東京にあるドラッグストアのようだ。 道理で健康食品なんかをよく勧めてくるわけだ。

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薬箱にでかでかとラベルが貼られてしまったので引き出しの裏から撮ってみる。 それを左右反転処理してみたが、見える三階松のロゴマークが、懐かしく悲しい。

富山の薬売り業界は風前の灯か


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