上司から聞いた戦時の話

昭和50年頃だったか、当時45歳ぐらいの年齢だった会社の上司 Oさんが、どういうきっかけだったか忘れたが、ほんの少し戦時中の話をしてくれた。30年ほどたった今、その中で覚えている話が2つばかりある。

Oさんは結局、兵隊さんにはなれなかった。徴兵のための身体検査に不合格だったからだ。Oさんは兵隊に行ってお国のために戦いたかったのだと言った。
Oさんは小さいころから目が悪かった。それが不合格の原因だった。Oさんは自分が入隊できないことが情けなかった。それは当時一人前の人間じゃないという烙印を押されたも同然、そのことを心から恥じたという。

・・・教育はそこまで人の心をコントロールできてしまうものであろう。恐ろしいことだ。

敗戦、日本が負けてからのことである。日本は国連に占領され、その最高令官のマッカーサーが乗り込んできた。
そのマッカーサーに日本の少女たちがあてがわれた。Oさんの住む町内にも娘さんの“供出”要請が来て何人かが選ばれたそうだ。
一晩召されて翌朝帰ってくる。中には自害して物言わぬ人となって運ばれてくる娘さんもいた。いつの間にか引っ越していった家族もあったそうだ。

・・・記録に残っている戦争は、あまりにも多い悲劇の一部にすぎない。終戦60年後の今でも、心の中では戦争が終わっていない人は多いだろう。

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この話をしてすぐ、Oさんは転勤した。Oさんはすい臓ガンにかかっていた。転勤後しばらくして亡くなった。
あんまり人に好かれるタイプではなかったが、Oさんの心の奥底には戦争の悲しみが詰まっていた。


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